【横塚裕志コラム】変革は キラーアプリが ドライブする

大きな変革を起こすときは、「キラーアプリ」というエンジンがドライブすることが多い。例えば、グーグルは「強力な検索エンジン」だし、アマゾンは「巨大な物流インフラ」だ。地球温暖化の解決策をドライブするときも、例えば、太陽光パネルの単位面積当たりの発電能力が5倍のシステムを開発することができたら、大きく前進できる。だから、変革には、どうしてもキラーアプリの開発が欲しい。

私が過去にキラーアプリを開発した案件をご紹介したい。
現役時代、私はほぼ情報システム部門に所属していたので、コンピュータシステムを活用して業務を変革するモデルを常に考えていた。業務部門からのシステム開発の要請は小さな改善プロジェクトばかりで、小さな改善を100万回実施したとしてもビジネスは大して改善しないと感じていた。
1997年、当時の保険会社の業務モデルは紙と手作業。代理店という独立機関が、お客様とご相談して特約内容、カバーする金額、保険料を手作業で計算し、申込書に記載して、お客様がサインし捺印する。その申込書を保険会社の営業所に持ち込んでいただき、営業所でチェックしたうえでコンピュータに手書きOCRで入力する。そして保険料は代理店がお客様から預かり、1か月単位に保険会社に精算するというプロセスでした。しかし、保険は内容が複雑なので30%程度のミスが平均発生して、その訂正に手間がかかるというのが実態でした。

そこで、私の1つ目のアイデアは、代理店にパソコンを持っていただき、パソコンと保険会社をオンラインでつなぎ、お客様の契約内容を画面上で設計していただき、コンピュータが保険料を計算して、コンピュータが申込書を作成するサービスを提供するというアプリの開発でした。このアプリを利用していただければ、ミスを防ぐことができ、同時に、保険会社の入力業務やOCR装備を廃止できるという構想でした。このシステム、「キラーアプリ」だと思いませんか。多くの課題を解決する画期的なシステムではあります。しかし、その実現には多くのハードルがありました。当時全国津々浦々にある5万店の全部の代理店が100%実施していただかないと効果が出ないので、小規模な代理店では無理だろうとか、保険会社の仕事を代理店に押し付けているのではないか、とか、代理店が他の保険会社に逃げてしまうのではないか、とか、現場では否定的な意見が多々ありました。故に、この提案は却下されてしまいましたが、実験的な小規模の試行を重ねることで、その実現性を実証し、なんとか2004年には100%実施が経営決定され、3年の現場での代理店教育期間を経て2007年に実現しました。発案から10年かかりました。

もう一つが保険料の扱いです。キャッシュレスにするためにどうするかを徹底して悩みました。最大の障壁は規制でした。「保険料即収の原則」という明治以来の憲法があり、保険は現金をいただかないと効力は発生しない、という原則があります。また、キャッシュレスの手法も当時はクレジットカードくらいしか選択肢がない状況でした。私が考案したプロセスは次の通りです。契約時に申込書とは別に金融機関の口座振替依頼者をいただき、1か月半後くらいに引き落としをして保険料をいただくというプロセスです。リアルタイムか、デイリーで引き落としができないかを金融機関と交渉したが断られ、結局マンスリーの通常の口座引き落としのプロセスに乗せて、規制の方を緩和することに成功して実現しました。これも、2004年に同時に100%実施が経営決定され、2007年に実現しました。これで代理店、保険会社の事務量が圧倒的に削減され、ミスもほぼゼロとなってお客様の不安も解消されました。

デジタルは、なにか少し便利になったというような改善レベルではなく、本質的な課題を解消する「キラーアプリ」を発想し、それを多くの困難をねじ伏せて実現することが重要なキーだと思います。AIにしても、ビジネスのコアにそれを適用することで変革が生まれるのであって、細かいプロセス改善では意味をなさない。

現実からは少し遠いが、本質的にビジネスを変革することができるアプリを思いつく人財、チームが必要です。巷では、DX人財が不足しているからDXが進まない、という声をよく聞きますが、いったいDX人財とはどんな能力を指しているのでしょうか。デジタル技術に詳しいだけではキラーアプリは発想できないと私は思います。対象とするビジネスを俯瞰する能力・専門性、本質的な急所を見抜く力、今までの業界の常識を捨てる力、一見無謀な提案でも実現しようと考える勇気、そういう人財が必要です。加えて、さらに必要なのは、私のアイデアを拾って経営戦略として企画する人、規制を撤廃するべく金融庁や業界を説得する人、全国の代理店を教育する体制を築く人、全体のプログラムの計画・実行をマネジメントする体制など、ビジネス側の多くの部門をオーケストレーションするパワーの存在も重要です。しかしこれも、キラーアプリがドライブしてくれます。

小さな改善を何回繰り返しても10年後の姿は見えてきません。ビジネスの根幹を突く無謀なキラーアプリをひねり出すことが生き残る秘訣です。

他のDBIC活動

他のDBICコラム

他のDBICケーススタディ

一覧へ戻る

一覧へ戻る

一覧へ戻る

このお知らせをシェアする