【横塚裕志コラム】ビジネスパーソンのリアル二刀流

自分自身の感想で恐縮だが、仕事が減ったりテレワークになったりして、家庭の仕事を少し手伝うようになって感じるのは、自分がいかに家庭の仕事がうまくできないか、ということだ。冷蔵庫の中の食材を探すこともままならないし、ゴミの分別もはっきりわからないものがあるし、ましてや料理などほとんど無理。家の中の片づけや収納など、かなり臨機応変に柔軟に考えないといけない分野ではとても歯が立たない。嫁から冷たい視線でバッシングを受けてばかり。
つまり、40年あまり会社で培った業務能力がほとんど通用しない、というのが現実だ。残念を通り越して、あきれてしまう。
生活をする中での仕事を行う能力は、会社での仕事の能力とは全く違う。そして、もっと仕事ができるはずという成功体験・固定概念がプライドとなって、新しい仕事へのやる気が出ない。

ふと考えると、このことは、20世紀の時代に働いてきた私たちが、21世紀のVUCAの時代の働き方に変革できていない、ということと同じことなのかもしれない。20世紀の考え方を棄却し、あらためて、「価値創造」の時代の働き方を学びなおす必要があるということを明示しているのかもしれない。

「両利きの経営」によれば、イノベーションは「知の探索」と「知の深化」という両利きを動かすことで生じる化学変化だという。「知の深化」は私たちがずっと会社の中でやってきた仕事なので得意中の得意。一方、「知の探索」はやったことがない仕事なので、何をどうすれば探索になるのかが皆目見当がつかない。ここに大企業の弱点があるように思う。決められたビジネスを粛々とやることはできるが、大海原に出て行って、新しい価値を見つけてくるなんて難しすぎるのだ。しかし、ヒントは「知の探索」を仕事にしているデザイナーの方とかアーティストの方が、どのように活動しているかにありそうに思う。
彼らは、持っている五感を目いっぱい研ぎ澄まして「価値」を感じようとしているように見える。自分という人間を既存の概念から解き放ち、仕事と個人の生活などを区別せず、人間としての素の感覚で何かを感じ取ることに努力しているように見える。「仕事」という認知バイアスを外さないと人間は素の自分に戻れない。自分に戻れなければ五感が働かない。五感が働かなければ価値を感じることはできない。そのように見える。

もし、その仮説が正しければ、ビジネスマンが「知の探索」をするためには、「仕事」と「自分の私生活」との区別を捨てて、自分の五感を取り戻す「21世紀型の新しい生活様式」が必要になるだろう。
その様式は、こんな感じかもしれない。

  • 今日は、電車に乗って会社に行き、知の深化という仕事をする。
  • 今日は、子供を保育園に送り、地域の方々とのボランティア活動を行い、スーパーに寄って食材を買い料理を作る。
  • 今日は、近くのお寺を散策し、林の緑に触れ、境内に咲く見知らぬ花に感動する。
  • 今日は、自社のお客様を訪問してサービスの感想を聞いたり不満をうかがい共感する。
  • 今日は、海外の専門性の高い研究者と議論し、お互いの夢を膨らませてみる。

知の深化という「仕事」と知の探索という「五感活動」の二刀流をどんな時間配分でやるのかは状況次第だと思うが、会社に行く時間をなるべく短くすることが新しい働き方なのであろう。知の深化は、自動化していく作業としてコンピュータに任せ、私たち人間は「五感活動」「価値活動」に時間を割いていくことが、人間を取り戻す意味でも、イノベーションを創発する意味でも大事なことなのかもしれない。

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