【レポート】企業変革実践シリーズ第26回『THE「保険の先にあるもの」を目指し"DXという維新"に挑む東京海上』

文責:鹿嶋 康由(DBICディレクター)

東京海上日動火災保険株式会社 理事 IT企画部 部長
東京海上日動システムズ株式会社 エグゼクティブオフィサー デジタルイノベーション本部長
村野剛太 氏

日本を代表するDX企業を目指す取り組み

DXという維新に挑む"しなやかでたくましい会社"になる東京海上グループの取り組みをDX実現に不可欠な「BE AGILE」という戦略で変革に強く注力することで、プロダクト開発から組織文化の変革の実践についてご紹介いただきました。
東京海上日動のIT企画部の責任者と、東京海上日動システムズのエグゼクティブオフィサー デジタルイノベーション本部長として両方の立場である村野さんから濃密で幅広く2時間立ったまま、ご講演いただきました。

概要

"DXという維新"に挑む しなやかでたくましい会社になる

東京海上グループは、THE保険の先にあるものを目指し保険会社の再定義への挑戦に取り組んでいます。

ビジネスの企画から実践までを仮説検証・意思決定・実践という「ビジネスアジリティ」を実現する方式に改革し、ビジネス部門とシステム開発部門が一体となってお客様からのフィードバックをもとにビジネス開発を行って、アジャイル開発やクラウド導入など最新技術を活用したプロダクト開発を行っています。

東京海上日動システムズは真のバリューパートナーとして、イノベーション創造拠点「G/D Lab」などでビジネス部門および外部パートナーと協業し、データ分析基盤や新たなリスク引受けソリューションなど社会課題解決に貢献する価値創造を目指しています。
DX推進におけるシステム開発は、ビジネス部門の下請け的な姿勢ではうまくいかないということです。システム部門も変わるべきなのです。DX推進には、優秀なプロダクトオーナー、プロダクトマネージャー、デザイナー、エンジニアなどの専門人材の採用・育成、プロダクト開発組織が働きやすい環境を作ることが不可欠と言われています。

内容

はじめに

東京海上日動火災保険株式会社(以下、「東京海上日動」という。)

東京海上日動は、2021年からの中期経営計画で掲げた「お客様や地域社会の"いざ"をお守りする」というパーパスを実現し、社会課題の解決に貢献しながら、持続的な成長を実現することを目指す保険会社です。同社は、「保険の力で社会課題を解決する」ことを目標に掲げ、そのための手段として「DXによる価値創造」を推進しています。東京海上日動システムズ株式会社(以下、「システムズ」という。)は、東京海上グループのIT・デジタル戦略を支える重要な役割を担っており、単なる業務部門の下請けではなく、真のバリューパートナーとして活躍しています。商品開発にも積極的に取り組み、データとテクノロジーを活用したビジネスプロセスの変革、DXによる価値創造、変化する社会課題の解決に向けたIT・デジタル戦略の成長支援を行っています。

2019年にシステムズにデジタルイノベーション本部を設置し、DXを実現するためにアジャイルの導入を推進し、組織文化として定着させることを目指した結果、東京海上グループ全体に拡大し、銀座の中心地にイノベーションハブ「G/D Lab」を創設しました。

DX戦略

テクノロジーとデータを活用してDXを実現し、競争優位を獲得することを目指しています。そのために必要な「アジャイル」「ビジネス」「クラウド」「データ・デジタル」の4つの要素からなる「ABCD維新」を推進し、包括的なデジタル変革を実現しています。これは、テクノロジーとデータを徹底的に活用し、生産性の向上、アジャイル経営の推進、新たな成長軸の創出、課題解決力の強化を図るものです。

課題と可能性

エンタープライズ・アジャイル・トランスフォーメーションに着手する際の課題と機会について、従来のウォーターフォール型開発手法からアジャイル型開発手法に移行し、市場投入速度の向上、コスト削減、顧客価値の創造を実現する必要性を認識しました。また、DXの達成と社会的課題の解決という共通の目標に向かって全員が一致団結し、部門やチームを超えたコラボレーションと透明性のある文化を構築することの重要性も認識していました。そのために、同社はアジャイル手法の社員教育に投資し、AIや機械学習などの先進技術を活用してビジネスプロセスの自動化・最適化を進めています。

「DXを通じて、保険の力で社会課題を解決する」という目標の達成に向け、全力で取り組んでいます。アジャイル開発を受け入れ、社内のプロセスや文化を変革し、先進的なテクノロジーを活用して、お客様や社会全体のために価値を創造することの重要性を認識しています。

1つ目は、ビジネス Business

東京海上日動のビジネス領域が変化しており、社会に貢献する保険ビジネスから、事故やトラブルが発生する前からお客様を支えるビジネスへと領域を拡大していることが分かります。この変化に伴い、ビジネスとITの関係も変化し、保険業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)も進んでいます。

具体的には、業務プロセスやお客様接点のDXを徹底的な効率化とペインポイントの解消を重視して行い、保険業務プロセスにおける"人とデジタルのベストミックス"を追求しています。商品のDXにおいては、データとテクノロジーを活用して従来引受が困難だったリスクの引受けや、ソリューション開発の強化に取り組んでいます。

このように、東京海上日動は、ビジネス領域の拡大に合わせてDXを推進しています。ビジネスとITの関係が変化する中、社会に貢献するビジネスを提供し続けるために、保険業界におけるDXの取り組みは不可欠であり、DXに取り組むことで、保険商品の付加価値を高め、お客様の満足度向上に繋げていくことが期待されます。

2つ目は、アジャイル Agile

ビジネスモデルやビジネスプロセスを変革するため、アジャイル開発手法を取り入れ、全社をあげたアジャイルの推進に注力しています。 アジャイルを進めるためには、人材の成長と企業文化の変革が必要不可欠であることから、社内外の専門家と協力してカルチャー変革に挑戦しています。

アジャイルの重要性と必要性
未知の世界のビジネスで成果を上げるには「結果を早く知ることが重要」であり、そのためにはアジャイルが必要となります。アジャイルは、柔軟でスピーディーな開発手法であり、「結果を知るスピード」を重視したビジネスの開発手法です。早い段階で結果を知ることができれば、どのようなものをつくり、何を提供すべきか、どこにどれだけ投資すればいいかなどその後の状況の変化に即応しやすくなることがわかってきます。

経営層・ビジネス側の主体性が成功の秘訣であり、グループの行動基準においては、「しなやかで」=「agile」と位置付け、結果を知るスピードを重視するアジャイル手法を採用しています。
アジャイルの定義や重要性について、経営層・ビジネス部門・IT部門のグループ全てのステークホルダーにアジャイルの定義を全社に徹底して伝え、短期間でアジャイル研修を実施し、マニフェスト12の基本原則を全て愚直に実践することを強調しています。そのためには、外部コーチから正しい行動フレームワークを学びながら実践する必要があるとしています。
また、計画型予算オペレーションの仕組みが課題であるため、「イノベーション枠」と呼ばれるリーンバジェットの仕組みを備えた予算を新たに用意している。ビジネス部門のコントロールの下、年度途中に自由に予算を付け替え、短期間の仮説検証を行い、それを元にROIを正確に予測し、実ビジネスへ繋げます。約3か月ごとに案件を選定し、進めています。

ビジネス部門とDX部門の約100名と協業して、アジャイル開発を推進しており、2019年にはシステムズにアジャイル開発組織を立ち上げ、2022年10月時点で約400名弱にまで増員しました。また、2021年4月には、ビジネス部門と協業し、アジャイル開発を推進するために銀座にイノベーション創造拠点「G/D Lab」を設立し、アジャイル開発に最適化した打合せスペース・開発スペースとして活用しています。

全社を狙ったわけではなく、最初の1案件を真のAgileプロジェクトとしてやりたいという純粋な気持ちではじめました。その取り組みがCDOに届き、最終的にはCEOまでつながることになりました。結果としてトップを巻き込み、ビジネスを変えるためのAgileに共感する行動規範があるし、ビジネス部門の理解浸透が変革の契機を切り拓くことになりました。

3つ目は、クラウド Cloud

このシステムアーキテクチャの目的は、ビジネスニーズに素早く対応し、拡張性を高め、柔軟性のあるシステムアーキテクチャを実現するためです。このために、それぞれのSOE、SOI、SORの3つの機能別に特化した基盤をクラウド中心にCloudを活用し構築することで、柔軟性と拡張性を実現します。

  • SOE:
    SOEは、ビジネスニーズに合わせて素早く、手軽に構築するために、クラウド上でAPIを活用して社内外のアプリケーションを構築する手法です。必要に応じてすぐに拡張できるため、ビジネスの変化に対応することができます。また、内製中心で構築することで、スピードやコストの面でも優位性を持ちます。
  • SOI:
    SOIは、社内外のデータを迅速に連携し、自由に分析・活用するために、クラウド中心で基盤を構築し、外部連携・API・内製など様々な方法でデータを分析・活用する手法である。SOIにより、柔軟なデータ連携が実現され、ビジネスの意思決定に必要な情報をスピーディーに取得できるようになります。
  • SOR:
    SORは、他領域のシステムとのスムーズな連携で、お客様に迅速にサービスを提供するために、パッケージを最大限に活用するアプローチである"Fit to Standard" の採用と、クラウドの利用により、短期間・低コストでの構築を実現する。SORにより、他領域のシステムとの連携によるビジネスプロセスの効率化や、コスト削減が実現されます。

このようにCloudシステムアーキテクチャを、SOE、SOI、SORの3つの機能別に分離することで、柔軟性と拡張性を実現し、ビジネスの変化に対応しています。

4つ目はデータ/デジタル Data/Digital

あらゆる業界でデータドリブン戦略を進めるには、データドリブン文化を推進するための包括的なアプローチが必要です。このアプローチには、ユースケースの探索にとどまらず、データとテクノロジーを統合して新しい製品やサービスを生み出すことが含まれます。東京海上グループは、データとテクノロジーを活用してお客さまに価値を提供する保険商品群
「dRIVEN」の展開に見られるように、データドリブン戦略を取り入れている企業の一つです。

dRIVENの商品一覧

dRIVENは、社会や経済の変化に伴う新たなリスクや、IoTの新技術を活用したリスクの早期発見・予防など、これまで補償が困難だったリスクに対応する保険商品です。

dRIVENの特徴として、以下のようなものがあります。

  1. 新たなリスクや困難なリスクの引き受け
  2. 価格設定のための高度なデータ分析と将来予測
  3. データを活用した新市場の創出

東京海上グループは、「dRIVEN」ブランドで、以下のような保険商品を発売しています。

  • ドライブレコーダー付き自動車保険(東京海上日動火災保険)
  • メディカルキットエール(東京海上日動あんしん生命)
  • 投資顧問会社向け賠償責任保険(東京海上日動火災保険)
  • &e(デジタル完結型自動車保険)(イーデザイン損保)
  • 中堅・中小企業向け商品のデジタルコンプリートモデル(東京海上日動火災保険)
  • 陸上養殖保険(東京海上日動火災保険)
  • 建設機械用レコーダーを活用したテレマティクスサービス(Ci-REC)(東京海上日動火災保険)
  • ホームドクター火災保険(「修理手配」付き火災保険)(日新火災保険)

COREコンソーシアム

もう一つの取り組みとして、災害リスクデータや研究を活用した新たなビジネスモデルや機会の創出を促進する官民共同のイニシアチブ「COREコンソーシアム」を立ち上げました。このイニシアチブは、官民の専門知識を統合し、災害リスク管理のための革新的なソリューションの創出を目指すものです。

東京海上日動は、「dRIVEN」や「COREコンソーシアム」を通じてユースケース検討だけではなく、データドリブンカルチャーを推進する総合的なデータ戦略を導入し、データおよびテクノロジーを活用して顧客の価値創造と社会への貢献を目指す姿勢を示しています。この取り組みは、各業界で革新的なソリューションの創出を目指す他の企業にとっても、モデルになります。

4つに加えて5つ目は、ABCD維新を進めるDX人材をどのように作るか

DX人材育成施策について

DX推進において、エンジニアやデザイナーを中心に専門性を磨き、全社員が自律的なキャリア形成を行えるような制度を導入することが必要であると考えています。
プロジェクトリクエスト制度とデータ活用スキル向上の研修、そして新たなIT人材育成方針について次の取り組みを紹介します。

施策 1: プロジェクトリクエスト制度

全国の従業員が自らの希望に基づき、コーポレート部門のプロジェクトへ業務として参画する「プロジェクトリクエスト制度」が導入されました。この制度は、すべての社員がDXに関する専門的な知識を学び、実行することを促進することを目的としています。また、会社の指示によらない副業を含めて積極的に推進することで、社員の自己成長を促します。

施策 2: データ活用スキル向上の研修

社員の層別に、データリテラシーの習熟度に応じた4つの適切な育成プログラムが提供されます。これにより、スペシャリスト育成、実務的ナレッジの浸透けん引していく人材、AI &データリテラシー向上する全社員、研修卒業生・興味がある人の育成後もつながり続けるコミュニティ(DS研鑽会)で、データ活用スキルを向上させることが可能となります。

施策 3: 新たなIT人材育成方針

システムズにおいては、高度専門職を明確に定義することで、社員自ら新たな技術取得や学習意欲を向上させ、高度な専門知識を有した中核人材の母集団を形成、育成していくなど新たな取り組みを始めています。さらに、UISS人材とは切り離し、職種ごとに市場価値に合わせた処遇テーブルを作成し、スキルについては、職種毎に社外有識者を選任し、客観的にレベルを参考評価として評価を受ける。また、スキルアップに必要な自己研鑽費を付与することで、社員自ら新たな技術取得や学習意欲を向上させ、高度な専門知識を有した中核人材の母集団をD&Iを推進しながら育成していくこととしました。

高度専門職群以外の職群についても、各職群の位置づけやIT人材として求められる役割とスキルを明確にし、年齢や年次に関係なく、スキルや貢献度を評価し処遇する中核会社の専門人材としての早期成長を促していくなどの取り組みを始めています。

最後にDXの取り組みを総括すると

東京海上グループのIT戦略の全体像とDX(Digital Transformation)の取り組みとは何か

東京海上日動は、ビジネス戦略との整合性を保ち、ビジネス価値を最大化し、最適なデリバリーを実現するために、IT戦略の3つの柱を立てています。

まず、ビジネス戦略との整合性を保つために、IT部門とビジネス部門を連携させる仕組みを整備しています。この仕組みにより、IT部門が開発するシステムが、ビジネス戦略と一致するようになっています。

次に、ビジネス価値を最大化するために、SOE、SOR、SOIの領域別に構築方針を持つ柔軟なシステムアーキテクチャを採用し、クラウドを徹底的に活用(Cloud First)しています。

最後に、IT部門、ビジネス部門、全社員による開発体制が柔軟に組み合わさり、最適なデリバリーが実現されています。アジャイルな手法を取り入れ、ビジネス価値を迅速かつ正確に判断し、システムを最適化しています。また、市民開発という手法を導入しています。全社員が開発に参加し、アイデアを出し合い、最適なシステムを開発することで、デリバリーの品質を向上させています。

さらに、「自由闊達」な議論を推進し、アジャイル・データドリブンなカルチャーを醸成することで、多様な手法を組み合わせた「3つの開発体制」を実現しています。IT部門、ビジネス部門、全社員による開発体制が柔軟に組み合わさり、最適なシステム開発が実現されています。

以上のように、ビジネス戦略との整合性を保ち、ビジネス価値を最大化し、最適なデリバリーを実現するために、IT戦略の3つの柱を立て、多様な手法を組み合わせた開発体制を整備しています。

東京海上グループがどのようにDXに取り組んでいるのか、同じ道を歩む他の企業のロールモデルとなる取り組みをご紹介いただきました。

質問も講演中にいただきました。

  • 開発チームメンバーのチームは流動的なのでしょうか
  • アジャイルのエンタープライズフレームワークにSAFeを選択された理由は何か
  • パートナー会社のメンバーとの契約は、「準委任契約」か
  • 組織横断でタイムリーに適任人材またはチャレンジ人材で組成するには、何か人材活用や役割の仕組みがあるのでしょうか
  • 円安の局面で、費用面で不安になりませんでしたか?何かヘッジする方法は、保険会社ならではのリスク管理をなさっているのですか
  • サイエンティストやスチュワートの役割を担うのは、もともとそういうセクションがあったのでしょうか。外からの人材確保、あるいは集中的な育成をされたのでしょうか
  • 会社の垣根を超えた取り組みにつきまして、手ごたえを感じてらっしゃいますか
  • データCoEのメンバーは専任なのでしょうか、それとも日常業務を遂行しながら兼務するような形でしょうか
  • キャリアパスが明確で、スキルアップの機会にも恵まれているため、新入社員に人気の理由もよくわかります
  • 社内の勉強会について活性化しましたか?勉強会が増えたとか(職種ごとに勉強会を全体共通も織り交ぜて行うと回答)
  • 社内だけでなく、社外でも本質的なDX人材確保の競争が激しくなってきているかと思いますが、人材確保で何か工夫すべき観点があればご教示ください

など活発な質問に答えながら進めていただきました。

最後に村野さんはABCD維新を次のように位置付けています。

ひとりの英雄だけがリードするのでなく、あらゆる分野で、新しい考え方を学んだ若い力が主役となり、推進していく。
私たちは今その維新の真っただ中にいます。

鹿児島出身の村野さんの熱い想いのメッセージが心に響く迫力ある2時間でした。

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