【横塚裕志コラム】DXの成功は「測定可能」な目標を記した「変革理念」から始まる

DXを始動するためには、その野心と目標をステートメントとして書いた「変革理念」がまず必要だ、と第1章が始まる。IMDのマイケル・ウェイド教授らが書いた3冊目のDX書「ハッキング・デジタル DXの成功法則」が先日発刊された。

ビジョンやミッションという遠大な目標では目標が曖昧過ぎてDXは推進できない。だから、DXが目指す明快で「測定可能」な「変革理念」の言語化が必須と主張している。この「変革理念」がなければ、散発的なデジタル化がはびこり、DXとは名ばかりの「ごった煮」ができあがる破目になるといい、DXプログラムの成功率の低さは、変革理念の不出来や欠如が大きな要因になっていると記している。
そして、「変革理念」のお手本として、シスコが2015年に作成したものを紹介している。「2020年度末までに、収益の50%をソフトウエアから、同じく50%を売り切りではなく反復性のある収入源から得る」というものだ。2015年、同社の収益の約8割が反復性の低いハードウエアの販売によるものだったそうだ。
一方、好ましくない例として、ヒルトンのビジョンを挙げている。「おもてなしの明るさと温かさでこの地球を満たす」は、やる気を起こさせるものだが、明確な測定方法がないから、よい変革理念とは言えないという。

「明快で測定可能」という定義に、「変革理念」を策定する難しさを感じる。言っていることは十分理解できるが、自社で実際に策定することを考えると多くの方が「どう考えたらいいのだろう」と頭を痛めるのではないかと推察する。
5年後、消費者の行動はどうなっているのだろうか。デジタル技術がどのように進化しているのだろうか。自分の業界はどのように変わっていくのだろうか。自社の製品・サービスは、いつまで競争力を持ち続けるのだろうか。ディスラプターはいつ頃どのように現れるのだろうか。このようなことを想定しながら、5年後のあるべき姿を決めていかなければ変革理念はつくれない。
例えば、自動車産業での自動運転、EV、あるいは移動サービス化などをめぐる動きはめまぐるしく、かなり緊迫した様相のなかで、5年後10年後の姿を描いていくのはかなり難しい挑戦だと思われる。別の産業でも、温暖化問題、人口減少問題、経済安全保障、などなど今までにない大きな変革要素が迫ってきている。それらは、すべて世界規模で動いているアジェンダであり、そう簡単に動向を整理することはできない。

つまり、この本が主張するDXの1丁目1番地である「変革理念」は、企業戦略そのものだ。まさに、マイケル・ウェイド教授らが書いた赤い本「対デジタル・ディスラプター戦略」で書いている「3つのバリュー戦略」を中心にして、自社は「どこで戦い」「何を持って勝つのか」という戦略を策定しないことにはDXも何も始まらない、ということだ。
しかし、企業戦略である「変革理念」の策定は、日本企業にとって大きなハードルのように見える。私の知る範囲では「測定可能なDX目標」を見聞きすることはない。DXに限らず、経営戦略に関する日本企業の考え方が昭和のままで、コスト低減とか営業依存という古い感覚のまま停滞しているようにも見える。

そうはいっても「変革理念」がなければ変革は進まない。今からでも、「変革理念」の策定を任務とする真っ向勝負の戦略企画チームを組織し、動き出す必要があるだろう。 そこで問題は、策定の責任者は誰か、チームを構成する人財は誰か、ということになる。責任者はCDOなのか、それとも経営戦略担当役員なのか、社長なのか、それをはっきり決める必要がある。
次に、チームメンバーをどうするか。今まで通り、社内の優秀な人を集めるだけでは成功しないだろう。その会社や業界の成功体験という認知の枠をいったん捨てて、白紙の状態で市民の行動変化をリサーチし、肌で感じ、デジタル技術の動向を最新の情報から推察し、環境問題などのグローバルなルール作りにも積極的に関心を示しながら、リアルタイムの世界の動きを英語でキャッチしつつ、ありたい姿を模索することが求められる。そういう戦略企画プロセスにチャレンジできる能力を持った「戦略人財」が社内にいるだろうか。自社のビジネスに詳しいだけでは歯が立たない。

世界の競争は、単純なコスト戦略だけでは生き残れない。勝つための「戦略」競争になっている。DXブームが去ったとしても、「戦略」競争は続き、戦略企画能力が競争力そのものになるだろう。しかし、「戦略人財」が日本に育っているだろうか。もっともっと世界の知見をどん欲に学び、世界中の戦略マンと議論しながら切磋琢磨して能力を磨いていくような「戦略人財」育成空間が必要だ。世界は「学び」の競争になっている。世界に伍して「学び」を体験できる空間、世界レベルの育成機関・最新育成施設・育成の科学的フレームワーク・企業側の育成ストーリー・世界レベルを学んだコーチ陣・企業の枠を超えたグローバルなコミュニティ・豊かな心を創るアート・障がい者のスキルアップ機関・子供たちが世界を知る遊び場、などなどの「学び」を集めた街(「LX-HUB」)を日本につくりたい、と強く想う。

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