【レポート】ビヨンド・ザ・デザイン思考:アート思考で社会課題を探索する

2019.09.05

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2019年8月30日(金)、東京・日本橋のDBIC Tokyoにて「ビヨンド・ザ・デザイン思考:アート思考で社会課題を探索する」を開催しました。

第1部は「現代アーティストの思考にイノベーション創出を学ぶ」と題し、株式会社 E&K Associates 代表の長谷川一英様による講義とワークショップ。

第2部は現代美術家であり、2017年より東京藝術大学美術学部の絵画科油画准教授、2018年より東京大学の経済学部でも教鞭を執る篠田太郎様による講演です。

本レポートでは内容を再構成してお伝えします。

1-1:どうして日本企業は世界で勝てなくなったのか?


長谷川 一英 様(株式会社 E&K Associates 代表
長谷川一英(以下、長谷川):私は大学では薬学を専攻し、1990年に協和発酵工業株式会社(現協和キリン株式会社)に入社しました。最初の15年ほどは創薬研究を、キリンとの経営統合後は経営企画や企業広報を担当しました。3年前に独立し、現代アートのグローバル展開を支援するE&K Associatesを立ち上げています。

協和キリンの広報時代にアーティストの皆さんと制作した「Invisible Things」という作品が、2014年のカンヌ広告賞でブロンズを受賞しました。

KYOWA HAKKO KIRIN "Invisible Things" digest from makoto yabuki on Vimeo.

製薬会社に対する世間一般のイメージは良いものではなく、人体実験をしている悪の組織であるかのように映画で描かれることも多々あります。しかし実際には製薬会社で働いている私達は、患者さんの病気を治すことを考えて日々研究や営業活動をしているわけです。この映像作品で描かれている白い球状の物体は、「大切に思っている人」の象徴で、世界がそういった「思い」であふれていることを表現しています。

この作品以降、アーティストの皆さんと関わるようになり、彼らが会社員の私達には想像もつかないようなことを考えていることが刺激になりました。彼らの思考を学ぶことで、ビジネスの世界でも新しいものをつくっていけるのではないかと考えています。


ワークショップの模様

アートの話に入る前に、皆さんと産業界の状況についてディスカッションをしましょう。2019年に新しい通信規格である5Gがスタートしますが、4Gと5G関連の主要な特許をどの企業が持っているかのランキングを見ると、トップはファーウェイで、ノキア、サムスン、LGと続きます。日本企業では10位以下にシャープ、富士通、ソニーが登場しますが、内訳を見ると4G関連がほとんどで5Gの特許はゼロに近い状態です。

IoTの主要パテントのランキングですとクアルコムが1位、そしてサムスン、インテル、ソニーと続きます。他の通信テクノロジー関連ランキングでも日本企業はほとんど上位にありません。私が所属していた製薬の分野でも同様でした。そこで、みなさんグループに分かれて、どうして多くの分野で海外企業に上位を締められてしまっているのか、日本が挽回するにはどうしたらいいかを議論してみてください。

1-2:論理的な思考よりも主観が問われる時代

長谷川:ディスカッションありがとうございます。DBICも「ファーストペンギン」をシンボルにしていますが、テニスなどのスポーツにおいても最初にサーブをした側が圧倒的に有利だという分析データがあります。ビジネスでも誰よりも先に動いたほうが有利になります。

これまでのビジネスは、お客さんが居て、どこか目的地があって、そこに連れて行ってあげればよい世界でした。例えばお腹が空いているお客さんに、食事を提供して満足していただく。またお腹が空いたら、食事を提供する。こういうビジネスはなくなりませんが、競合も非常に多く存在します。ニーズが明確なマーケットだからです。

しかし、現代の複雑かつテクノロジーが重要になるビジネスでは、お客さん自身が自分のニーズがわからなくなっています。最近ではこれをVUCA(ブーカ:Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity=うつろいやすく、不確かで、複雑で、暖昧な)と呼びますね。

この状況下では、お客さんに対してビジネス側が「ここが目的地ですよ」と提案する必要があります。今までだったらマーケットのデータを分析して予測することもできましたが、これからは自分で「えいや」と決めなければならないのです。なぜそこが目的地なのかをお客さんに対して説明するためには、主観的な思考、課題設定が要求されます。

VUCAのような時代には、論理的な思考よりも、社会の変化を察知する感性、自ら未来を作ろうという信条、哲学が必要になるのです。そこで、アーティストが持っている「主観」を学ぶのがひとつの解決策になってきます。ではここで2回目のワークとして、グループごとに普段どの程度アートに触れているか、アートについてどういう印象を持っているかディスカッションしてみてください。


ワークショップの模様

1-3:現代アートでは社会に「問い」を立てる

長谷川:日本ではアートと言えばダ・ヴィンチのモナリザや、印象派の絵画を思い浮かべる人が多いでしょう。しかしここでは、現代アートの話をします。

1917年にマルセル・デュシャンが既製品の男性用便器にサインを入れたものに「泉」と名付けてそのまま展示したのが現代アートの始まりだと言われています。


マルセル・デュシャン「泉」

現代アートは鑑賞者の側に「これはなんだろう?」と考えさせる芸術です。この考え方が、私たちビジネス界にとってもヒントとなるのではないでしょうか。

高山明さんというアーティストの「マクドナルドラジオ大学」という作品があります。ドイツのマクドナルドを舞台にしたアートプロジェクトで、マクドナルドでハンバーガーを注文すると商品と一緒にラジオを渡され、ラジオを通して同じ店内にいる移民や難民が教授を務める講義を聴講できるというものでした。

高山さんご自身はこの作品を通して難民問題を語りたいのではなく、ラジオという少し雑音が入る音声を聞くことで、普段クリアなものにばかり接している現代人の感覚がズラされることに価値がある、と話しています。一方で私はこの作品から、普段自分が十把一絡げに「難民」と呼んでいる対象が、実際には一人ひとり個別の人生を持ち、ある分野のエキスパートな人も多く含まれているのだと気付かされました。

1-4:現代アートはものの見方(視点・視野・視座)を変える

石川直樹さんという写真家がいらっしゃいます。石川さんは2011年にエベレストの山頂から撮影した写真を発表していますが、そこにはエベレストの影しか映っていません。エベレストの山頂に立つと、エベレスト自体を撮影することはできないからです。

その後、石川さんはエベレストの隣にあるローツェというほぼ同じ高さの山に登って、エベレスト自体の山頂を撮影します。更に2014年にはマカルーという離れた場所からエベレストとローツェのふたつの山頂が入る写真を撮影しています。この一連の写真によって、同じ対象でも立つ場所によってまったく見え方が変わることがよくわかります。


ワークショップの模様

これは、私が製薬会社で経験した生命科学に置き換えてみても通用する話です。人間の体のことはまだよくわからないことが多く、まさに「影を見ながら」研究しているのです。例えばアルツハイマーがなぜ発症するのか判明していませんが、患者さんの脳を見るとβアミロイドという物質が溜まっていることがわかりました。そこで、世界中の製薬会社がβアミロイドを取り除く薬をつくりましたがアルツハイマーの治療にはつながりませんでした。

そんなとき私はこの石川さんの写真を見て、患者さんをもっと遠くから俯瞰して見れば、βアミロイドの横に鍵になる重要なものが見つかるのではないか、と考えてしまうのです。

1-5:現代アートは新しい意味(文脈・コンセプト)を創る

長谷川:アンディ・ウォーホルは1960年代にキャンベルスープ缶を描くことで大量生産、大量消費の虚無感を表現し、アートの世界にまったく新しい「意味」を生み出しました。これはビジネスにおいても重要な視点です。

よく指摘されることですが、ウォークマンは音楽を聞くライフスタイルを変えた一方で、音楽産業自身を変えることはありませんでした。それに対して、iPod/iTunesは音楽をデータ販売するということで音楽産業そのものを変えてしまいました。


ワークショップの模様

また、ダイソンの掃除機はパワフルでコードレスで高機能ですが、自分で掃除をする必要はありました。それに対してルンバは「掃除を家事でなくす」という意味の変革を行ったわけです。

その後、ルンバ的な掃除機は日本メーカーからもたくさん出ていますが、後発商品として低価格化でしか対抗できていません。最初に新しい「意味」を出せれば、リスペクトされて商品寿命が伸びたり高いシェアを維持できますが、これは日本人には苦手なことかもしれません。

1-6:アーティストが新しい産業を興す

長谷川:YouTube、Airbnb、GoProの創業者は大学で芸術系の学部を出ています。2016年の調査では、世界のユニコーン企業160社のうち21%で芸術系の教育を受けた創業者がいます。これは、2000年代までのテクノロジー系の人材がベンチャーを興していた時代とは明らかに異る動きです。

アーティストの思考を学んで、視点・視座を変え、視野を広げましょう。新しい「意味」を創りましょう。そして「主観」で理想の世界を見出しましょう。

アート思考のワークショップはたくさん開催されていますが、有名な絵画を見て「どう思いますか?」とディスカッションをする内容が多いようです。それにも意味はありますが、本当に意義があるのはアーティスト本人の話を直接聞いて、どうやって作品をつくっているのかを学ぶことだと私は思います。

この後の篠田さんのお話で、アーティストの脳内をぜひ覗いてみてください。

2-1:GDPが減ったのは人口減少が原因。解決のために労働時間を半分に


篠田 太郎 様(現代美術家、東京藝術大学 美術学部 絵画科油画 准教授)

篠田太郎(以下、篠田):先程まで開催されていた長谷川さんワークショップを後ろから見学していて、そこで出てきた問いに対して自分なりに答えを出してみたので、その紹介から始めます。

まず「日本企業が海外企業に比べて世界で勝てなくなってきのはなぜか」という問いについて、私の答えはシンプルで、人口が増えなくなってしまったからだと思っています。第二次世界大戦終了時点で、日本の人口は開戦前の約47%まで減ったと言われています。

それが戦後の高度成長期に元の人口まで増加し、更には1億3000万人にまで増えたわけですから、その過程で世界2位までGDPが成長するのは当たり前のことだと感じてしまいます。GDPは国民総生産ですから、人口に比例するのです。よく言われる「失われた30年」は人口が増加していないのですから、GDPも成長しない。それに尽きます。

次に「どうしたら日本がまた復活できるか」という問に対しては「労働時間を半分にすればいい」と私は考えています。今の基準が8時間だとしたら4時間に減らす。そうすれば勤務中に無駄なことをする時間がなくなりますし、午後早い時間に仕事が終わって余暇でたくさんのことができるようになります。

私は高校を出て鉄工場で働いてからプロ芸術家になりました。2年ほど前から東京藝大准教授や東京大学非常勤講師という形で久しぶりに「お給料を頂く」という立場で組織で働くようになって痛感しているのは「時間の使い方が非効率」だと言うことです。

とにかく会議が多い。しかも結論がでずに、どんどん先送りになる。生産性ではなく「労働時間の長さ」に重きを置いているんですね。これには終身雇用制も大きく影響していると思います。本来は「組織としてどこを目指し、何を世の中に提供していくか」が目的のはずなのに、それはすっかり忘れられていて、組織内の役職をめぐる椅子取りゲームが目的になってしまっているように感じます。

ですから最初のワークショップの問いに対しては「日本のGDPが減ったのは人口減少が原因です」「競争力を高めるためには労働時間を半分にしましょう」というのが私の答えです。

2-2:アートは基礎科学に似ている

篠田:次のワークショップでは「アートに対してどんな印象を持っているか」というテーマでディスカッションをされていました。私は一応、プロなので自分なりのアートへの考え方があります。とはいえ、アーティストによってその考えはそれぞれ違うので、あくまで私個人の考えとしてお聞きください。

科学に例えるとわかりやすいと思います。アートは基礎科学で、デザインが応用化学です。応用化学はすぐに産業に転化できますよね。それに対して基礎科学は、一見、何の役に立つのかわからないことが多い。1856年にJ.J.トムソンが電子を発見してノーベル物理学賞を受賞したときのインタビューで「電子の発見は何の役に立つのですか?」と問われて答えられなかったというエピソードがあります。

しかし、それから約150年が経った今、電子の発見がなければパソコンも携帯電話もなかったわけです。これがアートの本質と同じことだと私は考えています。

2-3:アートの価値はどう決まるのか

篠田:例えば日本で人気の印象派の絵画があります。あれも、150年ほど前に誕生した際には「ぼんやりしている」という評価で見向きもされませんでした。

そもそもは、オランダでチューリップの先物取引が盛んだった時代、商人が高価なチューリップの花が咲いている状態の記録を残すために絵師に写実的な絵を描かせていました。そのうち写真が誕生し、チューリップの記録をしていた絵師が失業して、自分たちの好きな絵を描き始めたのが印象派の誕生につながっています。

もうひとつ、アートには「文化の基礎」という価値があります。私は現代美術の作家で、作品を見た人から「意味がわからない」という評価を受けることがあります。でもそれは作家に言わせれば当たり前のことで、こちらも抽象的につくっているので、作家自身に聞かれても意味はわからないのです。

「見た人が自分の頭で意味を決めてください」ということです。よく作品に付いた値段を見て評価されることがありますが、少なくとも作家は作品に対して物質的な価値は考えていません。

従って、歴史的に評価を受けるアーティストは「アートという領域を広げた人」です。科学の領域でも同じですね。同じ発見は初回にだけ意味があって、2度目の発見はありません。その時代にまったく評価されていなくても、オンリーワンをつくり続けて、アートの領域を押し広げた人が、結果として歴史に残るのです。

2-4:アートを教えるということ

篠田:最近になって大学でアートを「教える」という立場になりましたが、それは本当におこがましいことで、教えるものなんてないんです。作家が苦しみながら作品をつくっているみっともない姿を学生に見せることこそが教育なのではないかと私は思います。

そもそも、藝大の入試は甲冑を着たギリシャ人やローマ人の石膏像をデッサンする技術で判断しています。ただ、学生も含めて私達は当時のローマ人に会ったことはありませんよね。逆に考えれば、イタリアの美大の入試で、鎧兜を着た侍を水墨画で描かせていたらおかしいと思いませんか?

そうやって入ってきた生徒は、「芸術家になるため」ではなく「藝大に入るため」の教育を受けてきています。だから私に対して「授業をしてください」と訴えてきます。私はそれに対して「君たちが私に何を求めるのか、自分たちで問題をつくりなさい」と答えます。藝大に入学したということは、もう課題を出される側ではなく、問題をつくる側だというのを認識させるところから始めたいと思っています。

藝大に入った学生は、放っておけばすぐに「藝大の中でどうやって偉くなるか」という椅子取りゲームを始めてしまいます。藝大の中で偉くなるということは、要するに藝大の教授を目指すということです。しかし、そうやって血が濃くなると、自分の組織の中しか見なくなります。本当は、他の組織のために、世の中の役に立つために、自分の組織は存在しているはずなのです。

2-5:作品紹介「MILK」

篠田:私は農業高校の造園科に進んで庭造りにのめり込みました。しかしバブルの時代で土地が高く、新しく庭を設計する仕事はほとんどなくて、植木屋さんと庭の管理をする仕事ばかりでした。

私はどうしても庭の設計がやりたかったので鉄工所に転職し、上司の許可を得てアフター5に廃材を使ってつくったのがこの「MILK」という作品です。

龍安寺の石庭や銀閣寺の向月台に影響を受けています。ああいった日本庭園はまったく何も動いていないのにダイナミックに「動」を表現しています。この作品はその逆で、静的で何も動いていないものを表現するために、敢えて蛍光灯を付けた部品がずっと動いてます。

床は牛乳で満たされています。人間の出す体液は、血液、尿、汗、涙などすべて自己保存のためにつくられていますが、母乳だけは唯一、他者である子供のためにつくられています。そのため、牛乳を調和の象徴として使っています。

この作品を作って原美術館に電話し、展示のお願いしたところ許可を頂き、作家デビューをすることができました。

2-6:作品紹介「月面反射通信技術」

篠田:2007年頃から始めたのが「月面反射通信技術」というプロジェクトで、手作りの望遠鏡を使って世界の都市から見える月を撮影している作品です。今まで12〜13カ国ほどで撮影を行いました。

これを見た人からよく「月なんてどこで見ても同じではないか?」と聞かれるのですが、まさにそれがポイントです。世界中どこで見ても月は月なのですが、角度が違うのです。例えば南半球では、月は日本とは反対側から上ってきます。

映像はリアルタイムで早回しもしておらず、カメラも固定です。来日したUAEの王族がこの作品を気に入ってくださり、現地での展示依頼を受けました。せっかくなのでパフォーマンスがやりたいと思い、砂漠の真ん中に大型のプロジェクタと音響システム、発電機を持ち込んで、投影した映像を見ながらフランス人のミュージシャンが演奏するという大規模なイベントが実現しました。

2-7:作品紹介「When I see you in the mirror」

篠田:つい先週、2019年の8月からベルリンで開催されている展覧会に出展したのが「When I see you in the mirror」という作品です。

会場がベルリン最大の美術館で、以前はすぐ先にベルリンの壁がありました。歴史的な建造物なのですが欠損している部分も多く、そういった部分は削り取ってしまって、原型が残っている部分はそのまま保存されているという方式でリノベーションがされていました。

私が今回展示している作品は、有名な日本庭園の写真を撮影して、その中のひとつの石を日本の職人さんに大理石で完全再現してもらう、というものです。展示会場には、原型となった日本庭園の写真が貼ってあって、どこの石をコピーしているのかわかるようになっています。

まだ発表したばかりの作品で、私自身の中でもコンセプトが整理しきれていないのですが、説明を試みてみます。先程もお話した通り、藝大で教えることを通して西洋的な彫刻のデッサン、しかも本当は大理石だったのに石膏のレプリカをデッサンするのが日本の芸術教育の基礎になっている、ということに矛盾を感じていました。

今回、イタリアで採れた大理石を日本に運んで加工し、それをドイツで展示しています。また、庭石は日本の歴史上、権力の象徴の意味も持っていました。

そして会場となった建物に刺激され、庭石のコピーをする際には見える側だけ緻密に再現して、本来は見ることのできない裏側はつるんと切り落とすだけの処理をしています。実際の庭園ではそこは見ることができませんが、この会場だと石の裏側もみることができます。このように、いろんなことを考えてつくった作品です。

私は毎回、作品を大きく変えています。石を使ったのはベルリンが初めてですし、来週から始まるパリの個展では初めてペインティングの作品を出します。やり慣れたことをやった方が安全に決まっているんですけど、それだと面白くないんです。  

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