【レポート】長野県立大学 大室悦賀教授 特別講義:大企業がイノベーションを起こすには

2019.10.31

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2019年10月25日(金)、東京・日本橋のDBIC Tokyoにて「長野県立大学 大室悦賀教授 特別講義:大企業がイノベーションを起こすには」を開催しました。

長野県立大学にてグローバルマネジメント学部教授とソーシャル・イノベーション創出センター長を務める大室教授は、企業主導で進められていた従来のオープンイノベーションは限界を迎えており、企業、大学、政府、NPO、ユーザーなど多様なステークホルダーが形成するエコシステム型社会課題解決が必要であると提唱しています。

講演ではSDGs、多様性、アート思考など、世界のイノベーション潮流を紹介しながら、日本の大企業がイノベーションを起こすための数々のアプローチについて参加者とディスカッションしました。本レポートでは講演内容を再構成してお伝えします。

世界で起きていることに、日本企業は対応できているか?

大室:2019年9月23日の国連気候サミットにおけるグレタ・トゥーンペリさんのスピーチが話題を呼びました。要約すると「大人たちが経済成長を謳歌して好きなだけ二酸化炭素を放出したことで、人類は絶滅の危機を迎えている。大人たちはそれがわかっているのか?」というメッセージです。

それに影響を受けたカナダの18歳の少女が10月に「私は子供を生みません」と宣言したこともニュースになっていました。こうして声を上げ始めた10代を大人はどう受け止めているでしょうか? 米国のトップ企業グループ「ビジネス・ラウンドテーブル」は8月に「株主資本主義」から「ステークホルダー資本主義」への転換を宣言しました。


大室 悦賀 教授(長野県立大学)

このように世界では従来の利益追求型の経営スタイルからの転換の動きが顕著になってきています。それに対して、日本の企業は大きく出遅れているのが現状でしょう。

ここ数ヶ月の間に、ソフトバンクの孫正義さんユニクロの柳井正さんといった経営者も、日本に対する警鐘を鳴らしています。

ここまでの「世界で起きていること」を聞いて、皆さんが個人がどのように感じ、また、社内でこのようなテーマを議論することがあるかについて、グループでディスカッションしてみてください。


会場の模様(参加者の発言と被写体はリンクしていません)

参加者:私たちのグループで金融とシステムコンサルティングの企業に所属されている方々は、普段の業務においても多様性や長期的な社会課題解決について考えるようにしていると聞きました。一方で、私はシステム開発会社に所属しているのですが、「株主至上主義」から抜け出せずにもがいているところです。

参加者:私たちは全員「会社でそんな議論はしていない」ということで一致しました。もちろん、個別の部署の中では新規ビジネスやイノベーションについて議論しますが、会社全体としてのムーブメントにはなっていません。

対症療法ではなく、根本解決へ

大室:グローバルなビジネストレンドに対して、日本企業がキャッチアップすることは難しくなっているように見えます。

社会課題解決へのアプローチの歴史を振り返ると、1960年代に株主至上主義が生まれ、それに対抗して1970年代にNPOが生まれています。更に1990年代にはそれに対抗して企業がCSR活動を始め、2000年代にはNPO側にソーシャルビジネスという概念が生まれます。そこに対して2010年代からは企業がCSVを始め、という風に「ビジネス側」と「NPO側」を振り子のように行き来しながら社会課題解決は進化してきています。

最新の状況は「Integrated Value Approach」と呼ばれており、多様なステークホルダーを巻き込みながら「株主利益の最大化も社会課題解決も両方やりましょう」というのがスタンダードです。

社会課題の解決には対処療法と根本療法があります。例えばプラスティックゴミの削減のために、オフィスからペットボトルを廃止しよう、というのは対処療法です。そこにも意義はありますが、対処療法には副作用として新しい社会課題を生み出してしまう可能性があります。よって、今求められているのは根本療法、つまり、背景にあるシステムそのものを変えてしまうことです。

日本企業が陥りがちなオープンイノベーションの間違い

大室:SDGsの17項目を見ると、17番目に「パートナーシップで目標を達成しよう」とあります。これがポイントで、2000年代に最初にオープンイノベーションが流行ったときは「企業と企業」のコラボレーションだったのに対して、2010年代からは企業、行政、学校、ユーザーといった多様なステークホルダーを巻き込んだエコシステム型でないとイノベーションは起こせなくなっているのです。

ただし、ネットワークをつないだだけでもイノベーションは起きません。例えば大企業が「オープンイノベーション」と称してスタートアップや中小企業を集めても、そこには主に金銭的な目的を持った利害関係者が寄ってくるだけで、摩擦は起きません。

本当の意味で「自己」を持った多様なメンバーが集まり、それぞれの目的を主張して「創造的摩耗」を起こすことでイノベーションが起きるのです。

ビジネスを活用した社会課題への取り組み

大室:「ソーシャルイノベーション」という言葉があるように、企業が社会課題に取り組むことがイノベーションを誘発します。

先ほどの対処療法か根本療法かという話にもつながってきますが、企業がプロダクトやサービスを通してユーザーの価値観を変えていくことで少しずつ制度を変えていき、究極的には資本主義というシステムまでをも変えてしまうことを狙っていきます。ここで、イノベーションとSDGsが交差してくるわけです。このふたつを分けずに考えるときに役立ってくるのが、私たちにとって馴染みの深い東洋的な思考です。

ここまでの話を受けて、SDGsやイノベーションについて、皆さん「個人」と、所属する「組織」それぞれのケースで、どのように対応できるかグループで議論してみてください。


会場の模様(参加者の発言と被写体はリンクしていません)

参加者:個人が社会課題に対する意識を持ち、会社に対して訴えかけていくことでしか何も変わらない、ということになるのでしょうか?

大室:そもそも企業で働く大人は自分自身を持っていない人が多いのではないでしょうか。一方で冒頭で話したようにミレニアル世代の若者は、生活者としての自分と働くことを分けて考えていません。皆さんも生きることと働くことを分けずに考えられるようになれば、自然と問いが生まれてくるはずです。それを会社にぶつけるかどうかは個人の自由だと思います。

参加者:社会課題の解決の重要性はわかりますが、現実的に日々の業務では利益を上げるという資本主義的な発想が最優先なので進めることができません。また、東洋思考を活用しているのは西洋の経営者はまず西洋的な自己確立があって、その上で東洋思考を取り入れているから成功しているのではないでしょうか?

大室:西洋思考の原則は「神と下僕」という二元論です。科学も経営もすべてそう。ところが仏教に代表される東洋思考は「自分も神になれる」という一元論です。一元だからこそグレーな曖昧さが許容され、そこにイノベーションの源泉があります。

これは東洋思考に限ったことでなく、絵画などアートの世界にも存在する概念です。日本企業は「数字で表現できないものは捨てる」という考え方に支配されて、この曖昧さ=イノベーションの源泉を捨ててきてしまったのです。曖昧さの許容には確かに自己確立が必要ですが、それは西洋思想に限ったものではありません。

資本主義というOSから、次のOSへ

大室:現在の世界のベースになっている「資本主義」というOSが、次の新しいOSに入れ替わる可能性があるということです。

イギリスでプラスティック規制の法律が最終決定されました。その背景には、代替商品を提供できる企業がイギリスに存在するという事実があります。SDGsが支持されているのも、それを達成できる企業が存在しているから、と見るべきでしょう。そこには政治的なプロセスを通した、グローバルなビジネスの覇権争いがあるのです。

皆さんの所属している企業は、17項目のSDGsにどのように対応していますか? 恐らく「何番と何番ははやっている」というところが多いのではないでしょうか。でも、「17項目全部やる」と思わないとイノベーションは起きないのです。

全部やろう、と思って初めて「自社だけではできない」ということに気づき、NPOや行政といったパートナーと組むことができるのです。自社のSDG対応について、グループで議論してみてください。


会場の模様(参加者の発言と被写体はリンクしていません)

参加者:自社のビジネスの中で何項目かはカバーできています。ただ、どうしても6番の「安全な水とトイレを世界中に」のトイレの部分にどうやって対応したらよいか見えてきません。

大室:その場合は、大手の衛生機器メーカーや、災害用トイレをつくっているスタートアップと組むことを考えてみたらどうでしょうか? そこが決まれば、相手と一緒にやるために自社にどういう体制やビジネスが必要なのか見えてくるはずです。

アートや哲学で「見えないもの」を見ていく

大室:SDGsに代表されるように、イノベーションは従来の人間中心の世界観ではなく、自然環境なども含めた多様性がキーワードになっていきます。

そうなってくると、「見えるもの」だけを分析する論理的な思考ではなく、「見えないもの」を見るための手法が必要です。それがアート思考であり、妄想力とも言えます。そして、その妄想をビジネスに落とし込むことができる人材も必要です。

シリコンバレーの高等教育で長らく主流だった「STEM(Science / Technology / Engineering / Math)教育」に、近年「Art」が加わって「STEAM教育」と呼ばれるようになったのも、その潮流を示しています。

1960年代から言われている「最小有効多様性の法則」という概念があります。社会が複雑になればなるほど、自分の組織の中にそれ以上の複雑性がないと社会を理解することができない、という意味です。

それを個人レベルまで落とし込んだのが「Intrapersonal Diversity(自己内多様性)」という概念です。自分の中に多様性を確保し、既存の思考や経験を脇においてフラットな状態になることが、イノベーションに不可欠なのです。

鉄腕アトムがASIMOを生んだ

大室:アート思考は、未来を構想し、その実現に向かうための施工方法です。ホンダの二足歩行ロボットASIMOの開発者は「鉄腕アトムをつくりたかった」と語っています。鉄腕アトムというビジョンがあって、その実現のために逆算してASIMOが生まれたのです。

映画「ジュラシック・パーク」が公開されてから、博物館の展示方法がガラリと変わりました。化石だけではなく、骨や皮をつけた立体物の展示が急増したのです。人間はイメージできるものには、近づけるのです。

その意味でもイノベーションにはビジョンが必須です。人間は想像できない世界を創造することができません。デザイン思考は重要ですが、ユーザーに質問するだけではビジョンは生まれないでしょう。

有名なヘンリー・フォードの言葉に「もし顧客に、彼らの望むものを聞いていたら、彼らは『もっと速い馬が欲しい』と答えていただろう」というものがありますね。自動車というイノベーションを発明するためには、フォード自身のビジョンが不可欠だったのです。

複雑なものを複雑なままに受け入れる

大室:先ほど、イノベーションへのアプローチとして「Intrapersonal Diversity(自己内多様性)」をご紹介しましたが、もうひとつ「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念も重要です。

これは端的に言うと「複雑なものを分析しないで、複雑なまま保持する」ということです。講義の前半で対処療法と根本療法の話をしたとき触れたように、これだけ複雑化した社会においては、個別の課題に対処することではなく、全体を俯瞰して根本的な解決をすることが求められています。

皆さんは「理解することが重要」だと教育されてきたので難しいと思いますが「理解を目的としないで、全体を俯瞰して見る」という視点が必要なのです。

本日は、皆さんにとって受け入れがたい話が多かったと思います。最後に皆さんがどう感じて、自社にこういった視点を導入するにはどうしたらいいかグループで話し合ってみてください。


会場の模様(参加者の発言と被写体はリンクしていません)

参加者:自社でやろうとした場合、トップダウンなら成立するかもしれませんが、現場からこういった提案をしてもなかなか受け入れてもらえないと感じてしまいます。

大室:よくわかります。そういったときはインフォーマルな「部活動」という形式で始めてみたらどうでしょうか? 部活動で楽しそうにやっていると、周囲の社員も興味を持って近づいてくるケースが多いようです。

私は最近、ある高校で「起業部」という非公式な部活動をつくろうとしています。そして、地元の信金さんにスポンサーになっていただこうと働きかけています。将来のユーザーになるかもしれない若者たちですから。

企業でも既存のフレームの中で新しい活動をしようとすると、必ずハレーションが起こります。敢えて「企業内の部活動」というインフォーマルな場所で、意図的にファーストペンギンをつくっていくのは良い方法だと思います。

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