2018.01.18

 本連載では、デザインシンキングの活用に取り組まれている皆様の参考にしていただくために、先進的な事例を「実践者」を通してご紹介します。

 CASE 02でご紹介するのは高崎商科大学商学部教授で同大学コミュニティ・パートナーシップ・センター長の前田拓生様です。同大学は経営学に特化した実学重視の教育を理念としており、2017年度からサービスデザイン思考(※1)を授業や社会実装活動に取り入れています。


※1:サービスデザイン思考とは、デザインシンキングと方法論を製品開発に適用し、顧客視点で最適なサービスを包括的に提供するという考え方です。参考文献:Wikipedia および Service Design Network
※2:本連載ではデザインシンキングを具体的に活用した事例としてサービスデザイン思考の取り組みを取り上げます。

地域に密着したサービスを学生たちがデザインする

– 研究室のホワイトボードにびっしりとアイデアが描かれていますね。どのようなサービスデザイン思考の取り組みをされているのでしょうか?

前田:私は地域における産学連携を担うコミュニティ・パートナーシップ・センターという部署の責任者ですが、そこに持ち込まれるテーマを題材にしながら、研究室の学生たちを中心にサービスデザイン思考を用いた指導を実践しています。

 私の研究室のホワイトボードに描かれているプロジェクトは、地元の観光資産である「上野三碑(こうずけさんぴ)」をアピールするためのハイキングイベントの企画です。

 上野三碑は日本最古の石碑群であり、高崎市南部の山間部に飛鳥時代・奈良時代に建立された3つの石碑が点在しています。またそれぞれの石碑をめぐる「石碑の路(いしぶみのみち)」という遊歩道が整備されており、歩道の脇には万葉集の和歌を綴った石碑が並べられています。

 しかし、石碑は観光客に対して訴求することが非常に困難なコンテンツです。机上でディスカッションしていても何も良いアイデアは浮かびませんでした。そこで学生たちと上野三碑はもちろん、周辺地域にも足を延ばして現地調査しました。

 やはり現場で自分たちが体験するとアイデアが生まれます。アイデアのひとつが音楽です。木漏れ日の中、森林浴をしながら遊歩道を歩いていると、自然と鼻歌が出てくるのではないでしょうか。万葉集も昔の歌(Song)です。そこに着目し、楽しい音楽を聴きながらハイキングできるのではないかというアイデアが生まれました。地図上にQRコードを印刷し、石碑の前でQRコードをスマホにかざせば、その石碑にちなんだ歌が流れてくる仕組みを考えました。

 実際に現地に足を運ぶことによってこのようなアイデアを得ることができました。これからもっとアイデアを練って、2018年2月にハイキングイベントを開催する予定です。
※記事公開後に当日の模様を収録した動画を追加しました

 このように本センターでは地域に根差した活動を行ってきましたが、本地域にはすでに「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産として登録されていることもあり、上野三碑と合わせて、ふたつも世界的なランドマークがあることになります。これらのランドマークの知名度を上げるための取り組みを地元企業や地域の方々と一緒に考えています。

– では地域経済に密着したプロジェクトが多いということでしょうか?

前田:その通りです。実際に地域ビジネスのアイデアを生み出した事例が、山名八幡宮のブライダルプロデュースです。

 山名八幡宮は、当大学から車で5分ほどの距離にある、安産・子育てのご利益で有名な神社です。

 2016年10月に社殿のリニューアルをおこない、披露宴ができるスペースもありました。しかし、実際には披露宴は行われていないようでしたので、私が担当しているコミュニティパートナーシップセンターと、高崎商科大学短期大学部のホテル・ブライダル・ビューティーコース、そして“ぐんまの結婚式をもっと素敵に”をスローガンに、群馬県内の結婚式場やホテル、ブライダル関連会社26社で構成される「ぐんまウエディングチーム」が協力し、学生プロデュースのブライダルプランを企画することになりました。

 まずはペルソナ(顧客像)を仮定し、どのようなテーマにするか考えました。そこで出てきたテーマが「絆」と「群馬らしさ」でした。次は「絆」とは何か、を深掘りしていきます。学生たちからは「絆とはタイマン(決闘)のようなもの。ぶつかり合って初めて分かり合える」「絆とは親が経営していた工場のようなもの。そこに行けば誰かと出会える」「絆とはディズニーランドのようなもの。写真を撮って、というひとことでつながりが生まれていく」といった斬新なアイデアが湧いてきます。また高崎名産のダルマ型のケーキを演出するなど、群馬らしさも取り入れました。

ブライダル産業新聞 Facebookページより

 そして最終的には結婚するふたりにとっての絆を明らかにするエピソードを紹介し、出席者との絆を深めることをテーマにしたブライダルプランを作りました。そして2017年7月29日に学生がキャストになって、山名八幡宮で模擬結婚式・披露宴を執りおこないました。ブライダルのプロであるぐんまウエディングチームのメンバーからも「結婚式の原点を思い出すことができた」といった評価をいただきました。

サービスデザイン思考を取り入れるためのコツとは?

– サービスデザイン思考のプロジェクトを進める中で、お気づきになった点はどのようなことでしょうか?

前田:大きくふたつあります。ひとつ目はファシリテーターによるコーディネートの大切さです。

 プロジェクトを円滑に進めるためのファシリテーション技術はもちろん重要なのですが、例えばアイデアを発散してから収束させる際に、ファシリテーターの個性が出ます。ブレインストーミングでよく使うKJ法のグルーピングをおこなうような場合ですね。ファシリテーターが無意識に特定の意見に誘導してしまい、結論が大きく変わってしまう場合があります。

 ファシリテーションのスキルを持ったうえで、フラットな立場で議論をコーディネートできる、そういったファシリテーターを育てていくことが重要です。

 ふたつ目は、プロトタイプを作る際に必ずプロフェッショナルを参加させることです。サービスデザイン思考でアイデアを発散させることはできるのですが、いざ実務的なプロトタイプを作ろうとするとうまくいきません。

 山名八幡宮ブライダルプロデュースの場合、絆と群馬らしさをテーマにしたプランを作成したのですが、そのプランを実際の結婚式のスケジュールに落とす時につまずきました。例えば新婦がお色直しをする間、会場では平行して別のイベントを進行させる必要があります。しかし結婚式や披露宴を実際に経験していない学生たちではそこまで思いつかず、とても長時間のプログラムができてしまいました。

 そこで、ぐんまウエディングチームで実際に結婚式を運営しているホテルの支配人などにご協力いただきました。「ここは平行して事前準備する必要がある」「このスケジュールはもう少し長くしたほうがいい」といった、豊富な経験とノウハウに基づくアドバイスを受けることができ、スピーディーに実現可能性の高いプログラムを組み立てることができました。

 また本学では株式会社すかいらーくと連携して、ファミリーレストランガストの売り上げを伸ばすためのビジネスアイデアを学生が考え、実際にそのアイデアを実践するというプロジェクトも行っています。このプロジェクトでは私も含め大学教員が4名参加し、4チームに分かれて売り上げの向上を競っています。

 ここでもサービスデザイン思考でアイデアを発散させ、実施案を検討しました。しかし実際に店舗で運営するためには、やはり店舗の店長さんやスタッフの方々のご協力が必要であり、プロのアドバイスを受けることで実現可能性の高いプログラムを組み立てることができました。

 このようにアイデアを発散する段階では、多彩で無垢な人材が必要になりますが、いざプロトタイプを作成する際には、そのビジネスに精通したプロフェッショナルに加わってもらってアドバイスしてもらう、そういった体制作りが重要であると気付きました。

最初は戸惑うメンバーもいるが、ある地点から変化が起きる

– なぜサービスデザイン思考を授業や社会実装活動に取り入れようと考えられたのでしょうか?

前田:およそ1年前の2016年12月頃、高崎商科大学の教職員が集まり大学のリブランドを検討していました。現状、高崎商科大学は在学中に公認会計士試験の合格を目指すカリキュラムに力を入れており、直近では3名の合格者を輩出しています。

 この「公認会計士試験に強い」という特色にプラスして、「ビジネスを創出する力」を養成するという新たな特色を追加したいと考え、デザインシンキングをその柱のひとつに据えたいと考えました。

 少子化が進む社会の中で、どのような特色ある教育をすべきなのか。どのような人財を育てていくべきなのか。その時に出会ったのが「THIS IS SERVICE DESIGN THINKING.」という一冊の本でした。

 サービスデザイン思考による、顧客の視点に立ってサービス全体を設計するという一連のプロセスは、我が校の実学重視の教育方針に一致していると直感し、同じ認識を持った私を含めて5名の教員が「サービスデザイン教育研究会」を立ち上げ、この5名が受け持つ研究室及び本センターを中心に、さらに大学事務局、特に教学・広報などを巻き込んで取り組みを始めました。

– サービスデザイン思考を学生たちに広める中で、どのような点に苦労されたのでしょうか?

前田:いきなり「サービスデザイン思考」と言っても、すぐに理解できる学生は数名です。中には戸惑う学生もでてきます。

 しかしサービスデザイン思考の考え方やプロセスには、周囲の人を巻き込む効果があります。ホワイトボードと付箋紙を使ってワイワイとワークショップしていると、徐々に「なんだか面白そうだな」と思って参加する学生が増え始めます。

 そして参加する人数が過半数を超えると、今度は参加しないほうがおかしい、という雰囲気になってきます。ここまでくると、最初は戸惑っていたメンバーも参加せざるを得なくなり、最後には自然に全員でディスカッションできるようになりました。これはおそらくどのような組織でも共通して起きる現象だと思います。まずは少人数のコアメンバーだけでもやってみる、という姿勢が大切だと思います。

課題だけを見ていてもアイデアは生まれない

なぜサービスデザイン思考に取り組まれることになったのでしょうか?

前田:大学卒業後、証券会社に就職しエコノミストをしておりました。その後、独立して地域金融論や計量経済学の授業をしている中で、高崎商科大学とご縁があり2年前に教授になりました。

 金融の研究者や実務家は、ビジネス全体の流れが分かるところに強みがあります。特に地域経済のような小さな規模のビジネスであれば、お金の流れを把握することで、物の流れ、人の流れを理解することができます。このように全体を俯瞰することが、サービスデザイン思考につながっていると思います。ビジネスを客観的にとらえることで、課題を見つけ、解決する。そういった場面で金融とサービスデザイン思考はシンクロナイズすると考えています。

– サービスデザイン思考に取り組むことにより、学生たちに変化はありましたでしょうか?

前田:一度サービスデザイン思考のプロセスを体験すると、次に何かするときの解決の仕方が変わります。課題に対して机の上で悩んでいてもアイデアは生まれません。しかしサービスデザイン思考を知っていれば、まずは現場に行こう、インタビューしに行こう、そういう行動につながります。現場に行けば、木漏れ日を感じ、新たなアイデアが生まれてきます。この行動変化こそが学生たちが変化してきた点だと感じています。


電通とのコラボレーションで構内に設置された「考える秘密基地

 高崎商科大学の学生は、都内の大学に比べおとなしいといった傾向があります。しかしビジネスの創成という観点から言えば少しぐらい「やんちゃ」なほうが良い。学生時代に高崎で少し「やんちゃ」をしながらビジネスの面白さを経験してくれれば、社会から求められる即戦力になれると考えています。叱られることもあるかもしれませんが、そこは我々教職員がサポートしますので、もっともっと「やんちゃ」できる環境を作ってあげたい。そういう想いでサービスデザイン思考に取り組んでいます。

サービスデザイン思考は人財を育成する手段のひとつ

– 今後はどのような取り組みをされるのでしょうか?

前田:サービスデザイン思考はあくまで手順のひとつです。自ら課題を発見し、アイデアを生み出し、それを実務に落としていく。それができる人財を育て、世の中に輩出していくことが重要だと考えています。そういった人財が地域経済にイノベーションを生み出していくでしょう。そして将来的にはサービスデザイン思考を高崎商科大学のブランドでありアイデンティティにしていきたいと考えています。

– 最後に、前田先生が考える「デザインシンキングとは?」を教えてください。

前田:デザインシンキングとは「新結合を導く考え方である」と思います。規模が小さい地域経済であっても、ビジネスのすべてをひとつの企業・組織で賄うことは難しく、必ず様々な協力者との協業が必要になります。その際に役立つのが、顧客視点に立って、様々なノウハウを組み合わせ、サービス全体をデザインしていく考え方、つまり、デザインシンキングです。

 イノベーションとは全く何もないものから出現するものではなく、既存にあるものを思いもしない形で新しく結合させることで生まれるものなので、デザインシンキングは地域経済にとって必要不可欠なものになっていくと考えています。

 高崎商科大学でイノベーションを生み出す人財を育て、地域経済にイノベーションを起こしていく。その原動力としてデザインシンキングを活用していきたいと思います。

プロフィール


前田 拓生 Takuo Maeda
高崎商科大学商学部/大学院教授(金融論、ファイナンス論、地域政策デザイン)
同大学コミュニティ・パートナーシップ・センター長
早稲田大学理工学研究所招聘研究員
1963年大阪府大阪市出身。和歌山大学経済学部を卒業後、証券会社に勤務。同社経済調査部 海外経済市場調査統括。
その後独立し、茨城大学、高崎経済大学、中央学院大学の非常勤講師、埼玉大学経済学部 研究員などを経て現職。地球温暖化問題等にも関心があり、天然住宅バンク理事も務める。